第4話 どうすれば意識させられるのか?

 「何度も同じことを言わせないでください」

 思わず怒気がまじってしまいます。臆面もなく、同じところを間違えられるとうんざりするものです。

 先日、経験が浅い社員に、行政機関へ提出する書類の作り方を教えていた時のことです。小計欄と合計欄にそれぞれ数字が入っているのですが、1の位が1か所間違っていました。それも、一度ならず二度までも。一目見れば誰でもわかるような簡単な誤りです。本人は検算したと言っています。繰り返し間違えるというよりは、こちらが間違いを指摘したところを見落としているようなのです。自分で作り直すのは簡単なのですが、それでは仕事を覚えさせることができません。やきもきする気持ちを抑えつつ見守る。新入社員のOJTを行う場面でも、ありがちなことですよね。

 経験が乏しければ間違えるのは仕方ありません。たとえ知識があっても経験したことがなければ初めから上手くできないですよね。この場合、教える側としては、いかに意識させるかがポイントになります。例えば、腹筋運動。誰もが体育の授業で経験していると思います。漫然と運動を繰り返すのと、鍛えたい部分に意識を向けるのとでは運動量が同じでも効果に差がでます。逆に言えば、鍛えたい部位を意識することで効率よく鍛えることができます。仕事も漫然とやっていたのでは覚えられません。なので、教える側としては、誤りやすいポイントやチェックポイント等を意識させるようにします。

 ただし、注意点が一つあります。意識を向ける強度は、人によって違うということです。例えば、いきなり他人に裸を見られたとしましょう。リアクションは、男性なら股間を、女性なら胸を隠すでしょう。このように、性別によってさえも意識する部位が違うのです。同様に、冒頭で述べた間違いは、数字が得意な人であれば問題なく意識できたことでしょう。得手不得手があるのと似ているかもしれません。仕事に限らず、経営理念の浸透度が高い人と低い人がいるのも意識の問題と切り離すことができません。様々なタイプの人が働いているのが会社だからです。

 また、知らなければ意識することはできません。いかにして知らしめ、意識させるか。約束と同じですね。聖書がキリスト教の布教に一役買ったように、言葉だけでなく、読めるようにしておくことも一法です。そうすれば、時間が空いた時に目を通すこともできるし、集合訓練でも使うことができます。

 この意味で、どうすれば社員に意識させることができるかを対策しておくことは大事です。

第3話 事前準備が大事なわけとは?

 「私たちのことは、まったく考えてもらえないんですね」

 経営者の方が、激しく叩きつけるようにいいました。私が、今月施行された改正労働契約法の趣旨説明を終えた直後のこの発言。経営者の本音だと思います。

 今回の改正の狙いは、正社員と非正社員との待遇格差を是正するための足掛かりだと考えられます。正社員と非正社員を比べた場合、一般的には正社員の方が雇用は安定していると思われているでしょうし、待遇も高いと思われているのではないでしょうか。また、非正社員の中でも、期間の定めがない人と、期間の定めがある人では、どちらが契約解消しやすいと思われるのでしょうか。一般的には、期間の定めのない方が難しいと思われています。法では、期間の定めのある方が、定めた期間内を保護しているにも関わらず、です。これが、多くの人のイメージするところです。

 このような認識に立てば、今回の改正は非正社員が雇用の不安を抱えることなく働けるようにしようとしたことがわかります。それが、有期契約から無期契約への流れです。これは、有期契約が、同一の会社で5年を超えて反復更新された場合に、無期契約に転換する申込みができるというものです。

 そこで、割を食ったのが経営者。契約書があるから期間がきたら終われると思っていたのに、通算5年を超えて契約を更新したら無期契約に転換されてしまう可能性が出てきました。それでも、雇っているすべての有期労働者が、無期契約に転換しても構わなければ問題はありません。しかし、実情はそうではないハズです。例えば、いい人が見つかるまでと思って、間に合わせに仕方なく更新を繰り返してきた人であっても、無期契約の転換の要件を満たせば、会社はそれを受入れなければならないのです。加えて、期間の定めがあることを理由とした不合理な労働条件を設けることも禁止されました。

 この対策の一つとして、無期契約に対応した就業規則を作ることになります。従来、非正社員に対して、無期契約という概念はあまりありませんでした。なので、例えば、パートタイマーなら、有期パートタイマーと無期パートタイマーのように契約形態を二分します。

 今後、「通勤手当」が不合理な労働条件とされる可能性があります。例えば、有期労働者には通勤手当を支払って、無期労働者には支払わないとします。すると、不合理の議論に巻き込まれてしまいます。そこで、正社員の就業規則には通勤手当を支払うと定め、有期と無期のパートタイマーの就業規則には通勤手当を支払わないと定めます。このようにすれば、有期、無期に関わらず雇用形態において差があることになりますからクリアできます。

 無期契約の転換は、年を追うごとに取りざたされることになります。法に対処するには、この話題が沸騰する前に準備をしておくことが大事です。

第2話 約束が大事なわけとは?

 「今月末で辞めます」

 社員から唐突に切り出されたら会社は困ってしまいます。加えて、今まで取れなかった分の年次有給休暇を消化したいと言われれば引継もできません。そうなると、クレームが入るかもしれませんし、仕事がまわらなくなってしまうかもしれません。お客さんや同僚に及ぼす影響は少なくないのです。このように、社員が自分の利益ばかりを主張したとすれば、会社はたちまち窮地に陥ってしまいます。

 契約を解消する場面では、一方が自分の利益ばかりを優先すると、もう片方は危険にさらされてしまうという状態になりやすいのです。それは、これから先、信頼関係を維持しなくても良いからに外なりません。

 他方、在職中はどうかといえば、会社も社員もお互い、相手が無茶なことはしないだろうと期待しています。これが、相互に信頼している状態です。この状況を維持していかないと、会社として十分な成果を得ることはできません。

 現在は、雇用の流動性が高い時代です。したがって、応募して社員になる人は、会社にとって未知の人が殆どということになります。彼らをいちいち疑っていては、切りがありません。なので、お互い、約束を守ることが共通のルールとなります。約束は、契約によって成されます。その契約は、合意によって成り立ちます。ただし、契約内容が不合理であっても、合意すれば契約できることになります。不合理とは、世間的にみて、ちょっと理屈にあっていないなということです。例えば、友達のしている腕時計が気に入ったとしましょう。その腕時計を譲って欲しいと頼んだら、目ン玉が飛び出すくらいの金額を吹っ掛けられました。でも、のどから手が出るくらい欲しかったのなら、お金を工面してでも買いますよね。これで、商取引の契約成立です。

 労働契約も同じなのです。

 このような一方にとって不合理な状態は、採用の場面でも起こりやすいです。応募者は契約が自分にとって不利な内容でも、ウンと言わないと採用してもらえないからです。しかし、会社と社員の利益バランスが取れていない約束というのは、早晩、守れない約束になってしまいます。約束が守られないというのは、相手が無茶なことはしないだろうと期待することができない状態です。つまり、信頼関係が崩壊しているということです。したがって、会社は合理的なルールを用意して、その内容を教え、お互いが守り、守られるという関係を築くことが大事なのです。

 時代は、フェアプレーが求められています。

第1話 知らしめることの重要性とは?

 「がっかりした」

 ひとしきり私の説明を聞いた後で、在日イギリス人の男性が発した一言です。さらに「来日してから9年になるが、誰も教えてくれなかったよ」と続けました。

 私が説明したのは、我が国の公的年金の仕組みです。男性の勤め先の社長から依頼を受けて、彼がこの後、何年働いたら老齢年金がもらえるようになるのかを調べました。この男性の場合、60歳まで日本で働き続ければ、その期間は25年と4か月。我が国の制度で老齢年金を受けられるようになるためには、原則として25年以上の保険料納付が必要です。ただ、この25年という期間は、他国のそれよりも長いのです。例えば、ドイツは5年以上ですし、イギリスでも男性なら11年以上、女性は9年9か月以上あれば老齢年金が受けられます。

 しかし、彼が、本当にがっかりしたのは”長さ”そのものではなく、25年間払い続けなければ年金をもらえないという日本のルールを教えてもらえなかったことでした。来日して最初に訪れた役場の窓口、今まで勤めた日本の会社など、誰一人きちんとした説明をしなかったことに対して憤ったのです。彼は、ひょっとしたら60歳間際になって日本を離れるかもしれません。仮に、24年11か月でイギリスへ帰ってしまったら、年金はビタ一文もらえないのです。帰国する際、初めて25年の要件を聞かされたとしても、どうすることもできません。他の多くの日本人がそうであるように、彼が年金制度を理解していなかったからといって、救済されるわけではないのです。

 このように、受け手が知らなかったら、どうしようもないのです。

 同じようなことが、会社と社員の間でも起こっています。

 例えば、社員が退職する時のルール。「退職希望日の○日以上前に会社の承認を得ること」というルールを定めている会社は多いです。しかし、社員がそのきまりを知らずに、二週間前で事足りると勝手に判断していたとしたらどうでしょう。加えて、退職までの期間、年次有給休暇を使って海外旅行の計画をしていたとしたら引継もままならないですよね。お客さんをはじめ、同僚に与える影響も少なくありません。

 知らなければ何をしても許されるというわけではありません。でも、知らなければ守れるハズがありませんし、適切な行動を取れるわけがないのです。社員が思うように動いてくれないと嘆く前に、やっていただくことがあります。それは、ルールを周知することです。ラグビーのルールでやるのか、サッカーのルールでやるのかが、わからなければプレーできないのと同じです。そして、知らしめたうえで、仕事を通して育成していくことこそが労務管理の要諦であると考えています。

 『カンパニーブックであなたの会社が良くなる!』は、人事労務の分野で、経営者の方が押えておくべきポイントをつづった専門コラムです。なお、当コラムの更新情報は、無料メールマガジンにてお届けします。ぜひ、お役立てください。(毎週更新)

【最新号のご案内】2014年12月6日更新

第84話:期待成果を示す理由とは?

バックナンバー

第83話:社員が自ら働き出すためには?

第82話:業績が上がる人事制度とは?

第81話:タイミングだ重要なわけとは?

第80話:燃える集団の作り方とは?

第79話:どうすれば信頼できるのか?

第78話:マネジメントするとは?

第77話:なぜ、人事制度は止まってしまうのか?

第76話:なぜ人事制度が必要なのか?

第75話:なぜ公開することが必要なのか?

第74話:なぜ人事制度は社長の右腕になるのか?

第73話:やる気にさせる工夫とは?

第72話:時代に合った秘密管理とは?

第71話:なぜ多能工が必要なのか?

第70話:優秀な管理職がやるべきこととは?

第69話:なぜ、社会保険料の対策が必要なのか?

第68話:自動車事故を未然に防ぐ方法とは?

第67話:どのようなメッセージを伝えるべきか?

第66話:会社が見せなければならないものとは?

第65話:会社が取るべき態度とは?

第64話:生産性を上げる伝え方とは?

第63話:いい人を採るためには?

第62話:組織文化を根付かせるには?

第61話:不正の芽を摘むためにすべきこととは?

第60話:社員は上司に何を求めるのか?

第59話:秘密の流出を防ぐためには?

第58話:社員の不満の先にあるものとは?

第57話:人材の流出を防ぐには?

第56話:社員が退職時に持ち出すものとは?

第55話:チャンスの与え方とは?

第54話:社長メディアの重要性とは?

第53話:ローパフォーマー対策とは?

第52話:書面化されない約束とは?

第51話:立場を作ることの重要性とは?

第50話:非正規社員の責任感を醸成するには?

第49話:社員の行動を改善するためにすべきこととは?

第48話:なぜ社員目線が必要なのか?

第47話:仕事を見える化した時のメリットとは?

第46話:労働時間をコントロールする必要性とは?

第45話:課長のやるべき仕事とは?

第44話:会社が大切にしていることを伝えるには?

第43話:チャンスを渡すとはどういうことなのか?

第42話:社内報の利用価値とは?

第41話:何がパワハラになるのか?

第40話:どうして初動が大事なのか?

第39話:社員は職場をどう見ているの?

第38話:SNSトラブルの代償とは?

第37話:総メディア時代のリスク回避策とは?

第36話:会社が、まず持つべきものとは?

第35話:メンタルヘルス対策は何が重要なのか?

第34話:あきらめないことの大切さとは?

第33話:社内コミュニケーションに求められることとは?

第32話:終わりよければ…とするためには?

第31話:採用で工夫すべきこととは?

第30話:不正を防ぐためには何が必要なのか?

第29話:思いを業績に反映するには?

第28話:共通語のすすめ

第27話:育成するための条件とは?

第26話:懲戒の正しい使い方とは?

第25話:辞める時のルールとは?

第24話:将来の投資にふさわしい人とは?

第23話:社員の意識を変えるには?

第22話:どうしたら職場の人間関係が良くなるのか?

第21話:接触機会を早く作るメリットとは?

第20話:ミドルの働き方事情とは?

第19話:どの会社も一律なのか?

第18話:部下から認められるには?

第17話:なぜ、フェアプレーの精神なのか?

第16話:実際の運用が大事な訳とは?

第15話:労災リスクを減らすには?

第14話:シチュエーションが大事な理由とは?

第13話:ルールを知らせることの重要性とは?

第12話:普段からやるべきトラブル回避施策とは?

第11話:部門の壁を取り払うには?

第10話:指示待ち社員がヤル気を出すには?

第9話:受容することのメリットとは?

第8話:やりがいを見いだす方法とは?

第7話:上司に求められる仕事とは?

第6話:賃金を上げれば仕事に向かうのか?

第5話:今後、有期契約が及ぼす影響とは?

第4話:どうすれば意識させられるのか?

第3話:事前準備が大事なわけとは?

第2話:約束が大事なわけとは?

第1話:知らしめることの重要性とは?

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