第24話 将来の投資にふさわしい人とは?

 「優秀な人が欲しい」

 どんな人を採用したいか尋ねると、殆どの経営者がこのようにおっしゃいます。でも、単に優秀というのでは漠然としています。これでは、何をもって優秀なのかが、よく理解できません。よく分からないのは、応募者にとっても同じことです。「優秀」という言葉が抽象的で伝わらないのです。その結果、会社が意図した人を集められず、いわゆる優秀でない人ばかりが集まってしまった、ということが起こります。そうなると、応募に掛けた費用、面接に掛けた時間と人件費などが吹っ飛んでしまいます。

 このような事態を避けるためには、採用したい人物像を具体的に書き出してみることです。具体的にするほど、人物像が絞られてきます。それを見た応募者は、ひょっとすると「自分のことかな」と思うかもしれません。そうなれば、会社が優秀であると考える人物像に近い人の応募が増えるでしょう。

 次に問題となるのは、誰を採るかということです。

 終身雇用制度や年功序列制度が鳴りをひそめてしまった今では、一つの会社で身を粉にして働くという人は皆無です。とはいえ、会社としては、訓練をして、何年か後には成果をもたらしてもらわなければ困ります。つまり、会社にとって、採用は将来への投資です。なので、採用する時には、その人が本当に会社の役に立つのかどうかは分かりません。それどころか、会社に損失をもたらすかもしれないのです。何の保証もありません。

 では、どうすれば良いのでしょうか。

 それは、採ってはいけない人を採用しないことです。つまり、将来、問題を起こすような人を採用時に見極めるということです。

 見極める一つの指標として、会社の価値観が重要になります。価値観は会社の原点です。なので、まずは共感できることが条件となります。価値観を受け入れることができなければ、どんなに能力が高く、仕事ができる人でも入れるべきではありません。結果を出していれば「何をしても自由だ」ということにはならないですよね。会社は、協働の場でもありますから、歩調を乱す人がいると秩序が保てなくなってしまい、生産性も落ちてしまいます。

 まず、会社の価値観を伝え、それをどう解釈するのか、どのような価値観を持っているのか等を徹底的に調べます。ここに会社の工夫する余地があるのです。能力は、訓練によって高められますが、価値観のズレを修正することは至難の業です。

 どういう人を採るかが、将来の無用なトラブルリスクを回避することにつながります。

第23話 社員の意識を変えるには?

 「共通認識をチーム内で持つことが重要だ」

 女子バレーの久光製薬スプリングスで監督を務める中田久美さんが、ミズノのWEBマガジンで答えています。中田さんは、監督就任1年目にして、天皇杯・皇后杯、V・プレミアリーグ、黒鷲旗大会の3冠を達成されました。これは、女子チームでは史上初となる快挙だそうです。その中田さんをして「チーム作りはまず意識改革から」と言わしめています。

 中田さん率いる久光製薬スプリングスは、毎年、優勝候補として名前が挙がっていながら結果を出せなかったチームです。中田さんが就任後、個人とチームの目標を設定して「どうしたら結果に結びつけられるのか」を徹底的に考えさせたと言います。このことは、社員が一体感をもって仕事に取り組む姿勢と同じです。

 そこで、重要になってくるのが経営理念です。経営理念とは「会社の存在意義とは何なのか」「目指すところはどこなのか」「そのために大事にしていることは何で、それを実現するためにどのような行動をしなければならないのか」を示すことです。

 これは、どんな経営者でもあるハズです。頭の片隅でぼんやりと思っているだけかもしれませんし、明文化していないかもしれません。でも、持っているハズです。

 ただし、社員の間に共通の認識を持たせるためには、なるべく平易な言葉で明文化することが必要です。明文化することによって、それを冊子にして持ち歩くことができます。冊子はパソコンと違って、いちいちアクセスする必要がありません。開けば、いつでも経営理念を確認することができます。この”いつでも”というのがミソなのです。

 いつでも、経営理念を共通のテーマに社員同士が議論できるようになります。例えば「経営理念を達成するために何を実践しなければならないのか」「経営理念に照らして正しい判断ができたか」「自分が当事者なら、どのように感じるか」等、自分たちで議論し、考えさせることができるようになります。これを繰り返すことで「職業人としてどうあるべきか」「現場で判断に迷ったときにどう対処すべきか」等、自分たちの戻るべき原点を確認することができるのです。

 社員の意識を変えるには、経営理念について徹底的に考えさせる機会を作ることが欠かせません。前述の中田さんも言っています。「チーム内の共通認識によって、選手たちが自分たちの勝ちパターンを感じていけたことが結果に結びついた」と。チームスポーツは、会社経営の良いヒントになりますね。

第22話 どうしたら職場の人間関係が良くなるのか?

 「仕事に対する意欲を高める上で何が重要だと思うか」

 この質問を社員にしたところ、54.2%が「良好な人間関係」と回答しています。中でも、29歳以下の若い世代で高くなっているのがこの調査の特徴です。

 また、厚生労働省が行った調査では、仕事のストレスとして「職場の人間関係の問題」が38.4%で最も高い結果となっています。男女別では、女性の方が男性よりも強いストレスを感じています。

 さらに、別の調査では、心の病となる一番の原因は「職場の人間関係」であるとしています。心の病の増加の原因として、個人で仕事をする機会が増え、職場での助け合いやコミュニケーションが少なくなっていることがわかっています。このことから、職場の人間関係が希薄になると、意欲とメンタルヘルスにマイナスの影響を及ぼすことが予測できます。

 では、職場で良好な人間関係を保つためには何をしたら良いのでしょうか?二つ、ご紹介しましょう。

 一つは、コミュニケーションの質と量を増やすことです。例えば、議題を決めずに行う朝会です。50年以上も続いているというキャノンの役員朝会が有名ですね。ざっくばらんな議論を交わすことは、お互いのことを理解するチャンスです。また、わざわざアポを取って会わなくても、朝会で意見交換できるメリットがあります。それにより、情報の偏りを防ぎ、意思の疎通もしやすくなります。

 議題を決めないというのがミソですね。キャノンの場合は役員の例ですが、部門単位で行うとか、各部門のリーダーが集まって行う等、応用はいくらでもできます。

 次に、社員がストレスに感じるところを除くことです。仕事と私生活は、ぶつかる場面が多いですよね。例えば、残業しなくてはいけないけど、デートも断れないといった場合です。結婚が近い場合、すれ違いが原因で破談になってしまうかもしれません。そこで、彼女の誕生日はデートを優先してあげるという配慮をします。職場での助け合いですね。社員は、翌日の残業をがんばってくれることでしょう。

 このようなことは、普段のコミュニケーションを密にしていないとわからないところです。つまり、コミュニケーション機会を増やし、社員に恩を着せることができますから、会社にとっては一石二鳥です。

 他にも、個人で仕事をする機会が増えている訳ですから、社員が一体感を持って仕事に臨める機会をつくる等、いくらでも工夫ができそうですね。あなたの会社では、どのような工夫ができますか?

第21話 接触機会を早く作るメリットとは?

 「会社以外の人と過ごしたい」

 新入社員が、このように思っているとしたらどうでしょうか。

 これについてマイナビが、今年の4月入社の新入社員を対象に3か月後に行った調査で、アフター5の過ごし方について聞いています。それによると、前述の回答と「なるべく会社以外の人と過ごしたい」を合わせた84%が、会社の人と過ごしたくないと回答しています。

 4月の調査と比較すると10ポイントの上昇、前年同月比でも0.3ポイント増えています。ますます「会社以外の人と過ごしたい」傾向にあるわけです。この傾向は、社会人として3か月の経験だけなので何とも言えませんが、社内コミュニケーションの不足が一因として考えられます。これは、集合訓練など配置の仕方にもよることですが、上司の影響力が浸透していないことの表れです。

 新入社員に限らず社員は、上司、社長、同僚および他の部署の社員といった社内の人たちから影響を受けることになります。なかでも、自分の上位に当たる上司は直接的な影響を及ぼしやすい存在です。

 理由として、社長は会社におけるトップで物理的な距離が遠く、同僚は接触が多いけれども溝ができれば遠い存在となり得るし、他の部署の社員とは対立関係にあることも少なくないからです。つまり、社長と自分との距離をどう感じるかで違ってくるし、同様に、同僚もどの範囲まで同僚と捉えるかによって影響が異なり、他の部署の社員は外部集団と分類してしまいがちです。この点、上司とは指揮命令関係にあることから影響を受けやすいと言えます。ただし、仲間であるという認識を持てない上司では「認めたくない」という負の影響力が増すことになります。

 このことを、理念の浸透との関係性から研究したデータがあります。それによると、上司の存在は部下の理念浸透と正の関係にあるとされています。すなわち、上司が日々、理念を実践していれば、部下も同じ行動を取ろうとすることが予想できます。

 会社の理念を末端まで伝えることは、極めて難しいものです。しかし、上司が中心となって、理念を積極的に語るコミュニケーションの場を設けることは会社にとっても有意義だと考えます。

 今回の調査の入社後3か月というのは、会社でうまくやって行けるか判断する一つの区切りの期間ですが、社内コミュニケーションを構築するという点では短いのかもしれません。とはいえ、早く構築できた方が有利ですね。

第20話 ミドルの働き方事情とは?

 「仕事にやりがいなし」

 このように感じているとしたら、かなり問題ですよね。

 今年6月に日本能率協会が行った意識調査によると「現在の仕事にやりがいを感じていない」と回答した者のうち、30代と40代の半数近くが前述のように回答しているのです。他にも「現在の仕事は自分の能力を発揮できていない」と回答した者のうち、30代は半数近く、40代ともなると過半数が「能力が発揮できていない」と答えています。

 今回の調査では、世代間で「働き方」に対する意識の違いが鮮明になりました。特に、働き盛りの30代、40代の半数近くが、仕事にやりがいを得られず、能力が発揮できていないと感じていることは憂慮すべき点です。

 なぜ、屋台骨とも言うべき世代が「やりがい」を喪失してしまったのでしょうか。その理由を三つ挙げてみました。

 一つ目として、現状の収入に対する不満が考えられます。推測ですが、デフレで経済の閉そく感が続き、収入が伸びず、それとは裏腹に仕事の量は増え、高い仕事の質が求められているからではないでしょうか。これも、今回の調査で明らかになったことの一つで、約7割が「現状に不満」と答えています。なお、回答者の特徴として「収入」が最もモチベーションを左右するとしていますから、経済的果実に対する思い入れは強いと考えられます。

 二つ目として考えられるのは、仕事の意味づけがなされていないということです。つまり、会社では、それぞれどんな仕事をしていて、その中で何を重視しているのかといったことが不明確ではないかということです。もちろん、漠然とは理解しているでしょう。そうでなければ、仕事はできませんので。

 三つ目としては、仕事に対する目標の策定ができていないのではないかということです。これは、二つ目で述べたことと関連するのですが、仕事の意味づけの中から目標が設定され、その達成に向けて努力し、それに対して会社が評価する仕組みができていないのではないでしょうか。

 先の調査では「目標」に対する意識も明らかにされています。それによると、仕事へのやる気について比較した場合、目標を達成するとやる気が上がる人は33.6%、未達成でやる気が低下する人は21.3%と12.3ポイントのギャップがありました。やる気を左右する他の質問では、数ポイントの差が見られるだけです。例えば、「評価」で良い評価を得た場合にやる気が上がる人は48.8%、反対に評価が下がってやる気をなくす人は43.5%と5.3ポイントしか差がありません。目標についての意識が希薄と言わざるを得ません。

 収入と仕事の量は簡単に変えられませんが、仕事の質を見直すことで改善を図ることも一法です。

第19話 どの会社も一律なのか?

 「普通、会社に黙ってアルバイトなんてしたら懲戒もんでしょう」

 アルバイトだってピンキリです。確かに、無断でするアルバイトが会社にバレたら「けしからん」と思われる方は多いでしょう。そして、懲戒、すなわち罰を与えるのは当たり前だと思われるでしょう。

 しかし、懲戒できるかとなると話は別です。懲戒は、会社毎の約束だからです。例えば、隣の会社が無許可でしたアルバイトを懲戒にできても、自分の会社でできるとは限りません。つまり、約束していなければ懲戒はできないのです。

 また、懲戒は労働条件の一つです。なので、約束したことを明示しなければなりません。これに違反すれば、会社が刑罰を食らうことになります。したがって、会社が懲戒をしたいと思えば、契約を交わす時に懲戒の種類と程度を明示していなければ刑罰の対象となってしまいます。加えて、就業規則の作成要件にも、懲戒の種類と程度の明示が入っています。このように、懲戒の種類と程度を定めて明示することが基本となります。

 アルバイトについては、もう一つ論点があります。それは労働時間です。

 1日の労働時間は、働く場所が違っても通算されます。したがって、法定されている労働時間を超えて働く場合には割増賃金が必要になります。例えば、Aという会社で6時間、Bという会社で3時間働いた場合は1時間分の割増賃金が発生します。この場合、会社Bに割増賃金の支払義務があります。なので、会社Bはコストを抑えるつもりで短時間のアルバイトを雇ったのに、これではアテが外れた格好になります。

 ところが、労働時間については、こうした割増賃金の他に、もっと重要な問題を含んでいます。例えば、OLが終業後にスナックでアルバイトをして終電で帰ったとしましょう。すると、深夜帯にまで及ぶ労働時間となります。この状態が2、3週間続けば極度の長時間労働となります。このような長時間労働が続けば、うつ病などの精神疾患の発症原因となります。まさに、会社の知らないところで、健康が害されることになります。

 昨今は、健康な人を雇っても働いているうちに健康を害してしまうことが、社長の悩みとなっています。ですから、通算した健康管理を考えると、アルバイトを簡単に認めるべきではないですね。アルバイトは許可制であることを約束することがポイントです。

第18話 部下から認められるには?

 「この人にだけは評価されたくない」

 部下から、このような不満の声が聞こえてくることがあります。これを聞いた評価者である上司は、ガツンと頭をなぐられたようなショックを受けるのではないでしょうか。

 このように、人事評価に不満があるという場合、評価制度に不満があると思いきや、評価者への不満が圧倒的に多いのです。逆に言えば、評価者を代えるか、評価者を育成するなどしないと、部下の人事評価に対する納得は得られないことになります。つまり、評価制度がうまくいかないからといって、最初に制度を変更したとしてもダメだということです。

 上司と部下との関係は深刻な問題をはらんでいます。

 例えば、厚生労働省が公表した「平成19年労働者健康状況調査結果の概況」を見ると仕事でのストレスの具体的な内容が示されています。それによると「職場の人間関係の問題」が最も高く、「仕事の質の問題」「仕事の量の問題」の順になっています。

 職場の人間関係の問題は、労災の精神障害を認定する基準に反映されています。この基準は、ストレスの強度を「弱」「中」「強」の三段階に設定しています。対人関係の項目は、上司とのトラブル、同僚とのトラブル、部下とのトラブルに分けられていて、いずれも「中」となっています。

 ただし、時代の変化に伴って、認定基準はしばしば変更されています。前述した三つのトラブルのうち、最初から「中」に設定されていたのは上司とのトラブルだけで他は「弱」でした。裏返せば、時代が変わっても、部下にとって上司は大きなストレスを生む原因なのでしょう。

 一方で、上司は、晩婚化の影響で管理職に登用されても子どもが小さく、家族に気を遣って仕事をするという生活に様変わりしています。また、一般職が残業を抑制されたことで、上司の実質的な労働時間数は増えました。このことから、社内で最も疲弊しているのは上司であると考えられます。

 加えて、自分が評価した部下から冒頭の言葉を聞かされた時のダメージはかなりのものでしょう。

 少なくとも、評価した部下から認められるためには、どうしたらいいのでしょうか。一つは、部下の仕事をどれだけ理解しているかでしょう。それには、コミュニケーションが欠かせません。

 ただし、単にコミュニケーションを増やせば良いというものではありません。社員全員が拠りどころとする会社の価値観を共有することで、どのような行動が評価を高めるかを伝えていくことが大事です。

 社員の力を引き出して成果を出すためのキーマンは上司なのです。

第17話 なぜ、フェアプレーの精神なのか?

「俺についてこい」

 このように言われたとしたら、満更でもない気持ちになるのではないでしょうか。確かに、勇ましい言葉ですし、何かを期待させる言葉でもあります。言われた側としては、どのような人が、どんな場面で発したかにもよりますが、その気になっても不思議ではありません。

 ところが、この発言は具体的に何かを約束しているものではありません。と言うより、約束しているようで何も約束していないのです。それでも、ついて行きますか。

 例えば、ビジネスで出資を持ちかけられて、同じ言葉を掛けられた場合を考えてみましょう。「この会社は将来性があるから必ずリターンできる」「悪いようにはしないから」。このように言われて大枚を投じますか、ということです。単に、「俺についてこい」では、何の保証もないですから安心できませんよね。

 これでは、おちおち経営などしていられないということになってしまいます。つまり、合理的な経営をするためには約束があって、それが守られることが重要だということです。これは、資本主義社会が成り立つための条件です。このような考え方は、ヨーロッパにおいてキリスト教によってもたらされました。聖書には、神と人間との間の契約が事細かに書かれています。この契約、すなわち約束を人間が守れば神も守るというものです。

 キリスト教は、旧約聖書で神との約束を守らなかったことにより、古代イスラエル王国が滅んだことを教訓にして作られています。神との契約は絶対。したがって、聖書を通じて「文書で交わした約束は必ず守られるべきもの」という概念が育まれたのです。このことが、対等である人間と人間の約束においても守られるべきだという観念を生み出したのです。だから、企業間において交わす契約書も、範は聖書にあるという訳です。

 このように、契約社会においては「約束を守る」というのが前提になります。言い換えれば、正直な人を守ろうとする仕組みが契約社会なのです。契約社会において、冒頭の「俺についてこい」という発言と同様に、約束をしないことによるリスクは高くなります。

 労働契約についても同じことが言えます。まずは、守れる約束をすることが大事です。これは、近年のトラブルが約束をめぐって起こっているからです。加えて、約束を周知すること。約束があっても、その約束を知らなかったら守れるものも守れないからです。

 労使間のトラブルを防ぎ、信頼関係を築くためには「約束を守る」というフェアプレーの精神で臨むことが必要です。あなたの会社では、社員ときっちり約束ができていますか?

第16話 実際の運用が大事な訳とは?

 「賃金規程なんて初めて見ました」

 続けて「営業手当を定額残業代として支払うなんて聞いていません」。未払いの残業代をめぐってトラブルになった元社員は、憮然として返事をしました。

 事の発端は、定額残業代です。定額残業代というのは、労働基準法で定めている割増賃金を固定的に前払するものです。したがって、実際に行われた残業に対して、差額を支給することが明らかになっていなければなりません。つまり、定額残業代が有効となるには、就業規則や雇用契約書が整備されていることが前提となります。

 例えば、基本給が20万円で、営業手当が8万円としましょう。この場合、就業規則で営業手当について、定額残業代である旨、規定してあれば名称は何であれ定額残業代として扱われます。なので、営業手当の8万円は、割増賃金の計算の基礎に入れなくてもいいことになります。

 割増賃金を計算する場合には、家族手当、通勤手当、住宅手当等の算定から除外できる賃金以外はすべて算入する必要があります。ところが、就業規則で定めた定額残業代は法律上の時間外労働手当ですから、割増賃金の基礎となる賃金に算入しなくてもいいのです。

 仮に、就業規則に不備がある場合は、28万円を基にして割増賃金の計算を行うことになります。すると、20万円の場合と比べて時間単価が上がってしまいます。さらに、1プラス0.25が乗っかってきますから会社にとってはダブルパンチです。

 冒頭の事件では、未払いの残業代として会社が請求された金額は180万円。社員によると、定時で帰った記憶は数えるほどしかなく、少なくとも毎日2時間以上の残業があったということです。会社は賃金規程に、営業手当を定額残業代として支払う旨の定めがあります。なので、会社としては就業規則を根拠に、請求金額を10分の1程度に下げたいと考えています。

 昨今は、この定額残業代に対して、会社側に厳しい裁判例が相次いでいます。今回の会社同様、就業規則等は整備されていたとしても、実態や運用の仕方によっては定額残業代そのものが否認されています。

 例えば、実際の残業代と定額残業代との差額を精算しようとしない姿勢を批判し、定額残業代とは認めない判断をしているケースがあります。つまり、単に定額残業代を盛り込んだ就業規則等を備えておくだけでは足りず、労働時間管理を適正に行うことが求められているのです。

 会社のルールと運用面がマッチしていることが大事です。

第15話 労災リスクを減らすには?

 「若い頃は、よく徹夜したものだ」

 年配の経営者の方が、昔を懐かしむようにおっしゃいます。続けて「滅私奉公でサービス残業なんて当たり前だったな」。

 確かに、今と昔では働き方が様変わりしてしまいました。とにかく変化のスピードが速い。国民は、いつでもどこでも充実したサービスを享受できるようになりました。しかし、その裏では、24時間眠らない街で深夜に働く人がいて、物流が絶えず動いています。また、マーケットのグローバル化に伴い、地球の裏側の時間に合わせて対応することもあります。言い換えれば、国民そのものに心理的負荷が掛かる時代となったのです。

 それを象徴するのが、毎年、厚生労働省が公表している「脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況」です。中でも注目すべきは、過労死の原因とされる脳・心臓疾患の時間外労働時間数別の支給決定件数が、80時間以上で一気に跳ね上がっていることです。これは例年、同様の傾向にあります。

 一方、精神障害の場合には、どの時間帯もまんべんなく支給決定されているイメージです。一般に、過労死は50 歳代が最も多く、40 歳代、60 歳代と続きます。精神障害は、30 歳代、20 歳代、40 歳代の順です。このことから、中高年が無理をせずに働き続けられるような労働時間管理を行うことが望まれます。若いからといって、長時間労働を続ければ、精神障害になるリスク、あるいは中高年になった後に過労死のリスクが高まることになります。このように、病気は職場から派生する危険性を内在しているのです。

 でも、現実問題として顧客がいる以上、労働時間を減らすことは簡単ではありません。また、仕事の質を変えることも一筋縄ではいかないでしょう。加えて、疲れがたまって心身ともに余裕がなくなれば社員のモチベーションも低下します。

 そこで、活用したいのが年次有給休暇です。特に長時間労働に陥っている人だけを選び、マル1日休んでリフレッシュしてもらう。つまり、この休暇を使って、長時間労働がずっと続いている状態を一度、断ち切るのです。このように、年次有給休暇の取得は労働時間を減らし、疲れた身体をリセットできることから健康面でプラスに働きます。長時間労働が続いている人は、普段、年次有給休暇を使っていないでしょうから、一石三鳥ということになりますね。

 労災ともなれば、民事損害賠償を請求されるリスクをも考慮しなければなりません。労働時間を削減するためにはトップの決断が必要です。

第14話 シチュエーションが大事な理由とは?

 「法律に違反している訳じゃないから、いいですよね」

 退職勧奨を行った社員から、あっせんの申立をされた会社の人事担当者が、最後に付け加えた一言です。あっせんというのは、会社と社員とのトラブルをあっせん人がとりなし、裁判をすることなく解決を図ろうとするものです。ただし、労働審判と違って、あっせんには法的拘束力がなく、参加するか、しないかは自由に決められます。つまり、会社はこの申立を蹴ることができます。

 冒頭の人事担当者の発言は、法違反がないから蹴っても問題ないかを確認したものです。確かに、退職勧奨に至った経緯や賃金の支払状況を聞く限りでは法違反はないように思えます。しかし、合意書への署名のさせ方が問題でした。

 申立書によると「人事担当者二人に囲まれて、威圧的な態度でペンを目の前に差し出されたから署名してしまった」とあります。これでは、脅迫ととられても仕方ありません。人事担当者から、よくよく状況を聞いてみると、その日の内に署名をさせたと言います。

 社員からすれば、突然、呼び出されて、人事担当者に囲まれ、退職を勧奨されるのは、いきなり頭をガツンと殴られたようなショックでしょう。たぶん、合意書の内容の説明も、ほとんど頭に残っていないハズです。そこへ半ば強制するように署名をさせています。社員の申立書を見ても、その一点のみを主張しています。こうなると、もはや感情論です。会社があっせんの申立を蹴った場合、社員は費用が掛かっても労働審判を使う可能性は十分にあります。あるいは、時が経てば社員の高ぶった感情が収まるかもしれません。

 社員がマイナスの感情を持たないように退職してもらう。実は、法理論とは別に、このことが大変大事だと考えています。

 このケースでは、人事担当者が二人で署名するよう詰め寄っていますが、そのことで社員は威圧されたと感じたことでしょう。このことから、なるべく社員に心理的な圧迫を加えないよう、話し合いをする時のシチュエーションも考えるべきです。例えば、十分な採光が確保できる部屋を使うようにします。退職を勧めるという、まさに気持ちが落ち込む話を切り出す訳ですから、暗く密閉された部屋で行うべきではありません。このような配慮をしたうえで、ドラスティックにやるというのが退職勧奨を成功させるポイントになります。

 社員のマイナスの感情が、トラブルの解決を長引かせるということは、よくあることです。時代は、フェアプレーを求めています。

第13話 ルールを知らせることの重要性とは?

 「2週間後に辞めさせていただきます」

 ある日、突然、今まで真面目に働いていた正社員から辞職したいと告げられました。上司はビックリして「急すぎるよ。いくら何でも引継ができないじゃないか」と声を絞り出すのがやっとでした。結局、「法律で定められているじゃないですか」と反論され、2週間後に辞めてしまいました。大変な思いをしたのが後に残された社員たちです。その影響は、半年以上経った今でも残っていると言います。

 この会社には、就業規則があります。それによると「退職を希望する場合は30日以上前に届出る」となっています。

 とすると、法律と就業規則のどちらを優先すべきでしょうか。

 答えは、法律か就業規則のいずれか有利な方ということになります。つまり、社員にとって早く契約解消できる方が適用されるということです。ただし、正社員のような月給者の場合、冒頭の例のように2週間で労働契約は消滅しません。2週間で契約が消滅するのは、時給者や日給者で契約期間の定めがない社員です。なので、正社員の場合、給与計算期間の前半に「辞めたい」と言えば、その計算期間の終了日に辞められます。

 また、後半に「辞めたい」と言えば、次の計算期間の終了日に辞めることができます。例えば、給与計算期間が、1日から末日の会社で考えてみましょう。6月12日に「辞める」と言えば6月30日が退職日となり、6月21日なら7月31日が退職日となります。すると、原則として、前半の場合は法律を、後半の場合は就業規則を適用するということになります。もちろん、会社としては退職を拒むことはできませんが、冒頭の社員の主張を認める必要はなかったのです。

 今回のケースでは、就業規則の内容を会社も社員も知らなかったことが問題です。会社と社員との間には、労働契約が結ばれています。この契約は、商取引と同様、合意によって成り立ちます。

 一方、就業規則は服務規律ですから、会社が一方的に作るものです。この一点だけをとらえても合意ではありませんから、契約内容とはなりません。ただし、服務規律の他に、給与計算などの労働条件も定めるよう、法律で決まっています。

 労働条件は、契約内容です。なので合意できるし、実際に就業規則の内容を合意しています。その手法が、入社時に誓約書で「就業規則を守る」と誓わせる慣行です。したがって、就業規則へは、辞職とは別に、話し合いで退職する際の定めをしておくことで契約内容にできます。これを周知しておけば、残された社員が嫌な思いをしなくても済んだことでしょう。

第12話 普段からやるべきトラブル回避施策とは?

 「でも、私にも生活があります。だから社長と争ってでもお金を取り返します」

 退職勧奨を行った社員に、社長が突き付けられた言葉です。

 会社は、社長と社員4人だけの小さな会社です。社長は、不況が続く中、自分の給与を下げながら何とかやり繰りしてきました。そんな折、経理担当のAさんが、取引先との間でトラブルを起こしました。取引先はカンカンです。彼女が問題を起こすのは、これが初めてではありません。これまでも、社長は彼女に対して、事あるごとに注意をしてきましたが、一向に態度を改めません。

 小さな会社ですから他の社員への影響も懸念されます。社長は、この事件をきっかけとして、彼女に辞めてもらい、新しく雇った方に経理を任せようと考えるようになりました。そこで、彼女に対して退職勧奨を行ったのです。

 退職勧奨を行うことは、会社の自由です。ただし、トラブルにならないよう、いくつか注意することがあります。その一つは、退職勧奨する社員に考える時間を与えるということです。呼びつけて、退職を勧奨するだけでも、社員の動揺はかなりのものです。なので、後々、社員から、無理やり退職させられたとか、退職書類への署名を強要させられた等の反論が出ないように気を配ることが大事です。

 他には、社長が金銭を出すつもりがあるかどうかです。金銭をもらえるとなれば、社員にとってもメリットがありますので合意しやすいです。加えて、金銭を提示して合意した場合、社員の意思表示は真意であるという裏付けにもなります。

 そこで、この会社でもAさんについて、最初の面談で金銭を提示し、2回目の面談までに考えていただくことになりました。Aさんは経理担当なので、会社の財務状況や社長の給与についても、よく把握していました。2回目の面談で「社長のお立場は十分理解しています。社長に恨みはありません」と前置きして、冒頭の言葉に続くのです。彼女は、当初、強行に退職条件を拒み続けました。ですが、社長の辛抱強い説得が功を奏し、彼女が退職を受け入れて円満に解決したのです。

 岡山弁護士会が、仲裁をしてきた方へ行った満足度調査があります。それによると「自分の言い分や気持ちを話せた」と回答した人は68.6%で、満足度が高くなる傾向にありました。やはり、労使が膝を詰めて話し合うことが大事ですね。もっとも、こうしたトラブルはコミュニケーションが不足することで生じますから、普段からコミュニケーションを大切にしたいものです。

第11話 部門の壁を取り払うには?

 「部門間の連携がうまく行かなくて…」

 と、嘆く社長さんがいらっしゃいます。例えば、営業と製造の部門があるとしましょう。仲が悪いとは言わないまでも、それぞれの部門が自らの利益を優先しようとすると、うまく仕事が回らなくなることがあります。原因の一つは、自分の所属する部門に愛着があるとか、帰属意識があることによります。つまり、自分が所属している部門をひいきすることで、所属していない部門とはっきり区別しています。

 以下は、「新版きけわだつみのこえ」からの抜粋です。『日本人の死は日本人だけが悲しむ。外国人の死は外国人のみが悲しむ。どうしてこうなければならぬのであろうか。なぜ人間は人間で共に悲しみ喜ぶようにならないのか』民族性による帰属意識をよく表していると思います。このような広い意味での集団への帰属意識は、単にその集団に所属しているだけで芽生えてきます。サッカーのワールドカップや野球のWBCが盛り上がるのもうなずけますね。誰もが、所属している人の顔も名前も知らないのに、同じ日本人だから、同じ男性だからという理由だけで親しみがわくというご経験をされたことがあるでしょう。

 しかし、現実には冒頭で述べたように「部門の壁」という問題があります。同じ会社の社員という点では他の会社の人を明確に差別しますが、社員にとってより身近となる社内の所属部門ともなれば帰属意識はさらに強固なものとなります。言い換えれば、営業部門とか、製造部門とかへの帰属意識が顕著になればなるほど、部門の帰属意識が会社全体のそれよりも優先することになります。したがって、部門の壁という問題が生じるのです。

 これを放置しておくと、会社全体の利益よりも、自分が所属する部門の利益を優先するようになってしまいます。そうすることで、自分の所属する部門は利益を得ても、会社全体としての利益が阻害されてしまいます。競うべき相手を間違えていますよね。

 そこで、部門の壁を取り払わないと、結局は会社にマイナスの影響を与えてしまうことを理解させる必要があります。これに必要な事が、会社全体の一体感を作るということです。とりわけ、今どきの若い人は一体感を望んでいると言われています。

 一体感を作るための施策は、いろいろ考えられますが、最も重要なのがビジョンを共有することです。ビジョンが共有できれば、共通の行動様式が生まれます。そして、行動様式に沿って行動することで、会社全体の利益に配慮した行動が取れるようになるのです。

※今回は、社会的アイデンティティ理論のお話です。

第10話 指示待ち社員がヤル気を出すには?

 「指示しないとやってくれない…」

 いわゆる指示待ち社員に対し、苦々しく思っている方は多いのではないでしょうか。確かに、ゆとり世代の特徴だからでしょうか、指示がないと動かない社員が増えたように感じます。しかし、逆の見方をすれば、指示がなくてもできるくらいに仕事の内容を理解していないのではないでしょうか。

 仕事に限らず、物事の理解を深めるうえで、能動的な努力は欠かせません。つまり、自ら努力する必要があるということです。例えば、学習するにしても受動的な態度で漠然とやっていては、なかなか身につきません。そんなご経験はないでしょうか。

 私は、高校と大学で、それぞれ異なる指導者の下、ラグビー部に在籍していました。指導者が異なれば、指導方法も変わるのは当然なのですが、両者の指導方法は月と太陽くらいの違いがありました。高校は、指導者の先生の存在自体が恐ろしく「やらないとひどい目に遭う」という恐怖心から練習が一種の義務にすら思えたものです。自然と先生から言われたことを中心にこなすだけ、という”やらされラグビー”だったわけです。何のためにする練習なのか、その意味がわからず、フラストレーションがたまることもしばしばでした。

 他方、大学では、もちろん型にはまった練習もありましたが、部員が主体性を持っていました。ゲームに出るためには限られたポジションを自分から積極的に奪いに行かなければなりません。それにはヤル気と努力が要ります。

 能動的な努力ができるかどうかは、高校生と大学生の違いではないかと思われる向きもあるでしょう。でも、一概には言えません。高校生でも自ら進んで努力をする人はいますし、大学生でも漠然とやっている人はいるものです。ヤンキースのイチローも名電高時代、深夜の素振りを続けるなど、その頃からプロ野球選手になるための努力を惜しまなかったといいます。

 スポーツでも仕事でも、ただ漠然と量をこなすだけでは身につかないものです。個人の能動的努力が求められます。そこで、社員が自ら努力するように仕向ける方法の一つは、会社の評価基準を知らしめることです。言い換えれば、会社からどのように評価を受けるのかをオープンにするということです。ものさしがあれば、「どんな努力を」「どの程度」「どのくらいの時間」しなければならないかが明確になります。指示待ち社員も理解し、納得できる評価基準であれば、彼らの行動につなげていくことができるようになるのです。

第9話 受容することのメリットとは?

 「えーっ、今まで君はそんな風にしか考えていなかったのか」

 社員とコミュニケーションを取っていると意に反した答えが返ってくることがあります。それも、昨日、今日、入った新人ならわかります。しかし、そうではなく何年も同じ釜のめしを食ってきた、右腕と頼む幹部や部下といった人に思ってもみないことを言われたりします。例えば、繁忙になるので手を貸して欲しいと頼んだら、休暇は当然の権利だからと主張してサッサと休んでしまう。こうした場面では、苦楽をともにしてきた仲間の言葉だと思うと耳を疑いたくなるものです。少なくとも彼らは、自分のことを理解してくれていて、会社の考え方や方針も良くわかっているハズでした。このように、コミュニケーションを取ることによって意見の違いが鮮明になることがあります。

 近しい相手であっても例外ではありません。例えば、配偶者や両親、兄弟、恋人など、いわゆる身内と呼べる人たち。彼らが、自分とは真逆の意見を口にすることがあります。それに対して、ひどく落胆したり、裏切られたという気持ちから腹立たしくてならないというご経験はありませんか。近しいからこそ、もめやすいという原因の一つは、ここにあります。いくら近しい間柄であったとしても、親しい仲間であったとしても別人格なのですから考え方は違って当然です。したがって、労務管理をするうえでも、お互いの違いを認識し、それを受け入れる態度が重要になります。

 会社は、多様な人の集合体です。例えば、性別であったり、国籍であったり、雇用形態や契約形態の違いであったり、あらゆる面で違いのある人たちが集まっています。このように、一人ひとりは違っていても、会社として目指すべきは同じという価値観が必要です。同じ価値観を共有していれば、例えば、社内でもめた時でも的確な対応ができるようになります。行動のベースに価値観があるので、どのような行動を取れば良いかを判断することができます。だから、ビジョンが大事なのです。

 ビジョンは、知っているだけでは役に立ちません。単に言葉の存在を知っているのと、行動ができるのは違います。つまり、同じ価値観で行動ができるように末端の社員まで浸透させることが必要になります。一方で、行動できるように浸透させることが難しいのも事実です。そこで、認知させ、理解させ、社員が自ら学ぼうという気にさせなければなりません。日ごろから、個々の違いを受容しつつ、コミュニケーションを取ることが大事なのです。

第8話 やりがいを見いだす方法とは?

 「今どきの若いモンは…」

 とは常套句ですが、以前、ご相談いただいた製造業の社長、開口一番がこれでした。昔は、皆、仕事が終わってから会社に残って溶接や曲げの技術などの腕を磨いたそうです。社長の若い頃は、それこそ帰ろうとしている先輩を半ば無理やり引き留めて教えてもらったそうです。そのくらい熱意があった。それにひきかえ、「今どきの若いモンは何を考えているのかわからん」というわけです。

 これで技術の継承ができるのだろうか。試に、終業後に技術の勉強会をしようと呼びかけてみたものの、当の若いモンはあまり乗り気ではなかったようです。無理やりやらせたとしても身につきません。やがて、この勉強会は有名無実となってしまいました。ジェネレーションギャップでしょうか、社長は、ますます若いモンをどのように使ったらいいのかわからなくなってしまいました。

 社長が社員の使い方をわからないと同様に、社員もまた、「どうすれば評価されるのか」「どうすれば給与が上がるのか」「どうすれば昇進できるのか」をわかっていないことは多いのです。そこで提案したのが評価制度。狙いは、自分の仕事にやりがいを見いだせるように仕向けることです。

 人を仕事に駆り立てる直接の要因には、「達成」「承認」「仕事そのもの」「責任」「成長」などがあります。これらを満たすことでモチベーションが上がる人は多いのではないでしょうか。これが、ハーズバーグの唱えた二要因理論のうちの「動機づけ因子」と呼ばれるものです。

 例えば、仕事を「達成」するためには、当然のことながら仕事をよく理解することが必要です。「何を」「どういう手順で」「どこが難しいのか」「何に注意を払うのか」「顧客はどんな気持ちか」等、仕事の性質が具体的にわかっていないといけません。そこで、仕事を分析することが求められます。分析とは、つまり「その仕事の内容は何か」「優れた社員になるにはどのような知識、経験、能力、責任が求められるか」「他の仕事とどこが違うのか」を明らかにすることです。これらが明確に定まっている会社なら、社員が自らの仕事にやりがいを見いだすことは難しくありません。

 ご相談のあった会社は、評価制度を導入してからというもの、若いモンが嬉々として仕事に取り組むようになりました。それでも相変わらず居残りはしないのですが、それもこの世代の特徴なのかもしれません。とはいえ、彼ら若いモンが数十年経てば「今どきの若いモンは…」が繰り返されることになるのでしょう。

第7話 上司に求められる仕事とは?

 「今年度は、イチローと天海祐希」

 ご存じの方もいらっしゃると思いますが、産業能率大学が毎年行っている新入社員の理想の上司です。理想の上司として名前を挙げた理由で最も多かったのは「適切なアドバイスをしてくれそう」でした。この他、「人柄がよく親しみやすそう」「態度や姿勢が手本になりそう」が続きます。ここから、新入社員の意識が垣間見えてきます。イチローは3年ぶり3回目、天海祐希は4年連続トップとのこと。かつてのトップには、イチローと同じプロ野球で、野村克也、星野仙一、古田敦也が名を連ねています。時の経過とともに、新入社員の意識も変わっていくのでしょう。

 一方、上司は、自分が理想とされるかされないかは別として、社員を意識づけなければなりません。例えば、情報漏えい。会社の技術ノウハウや顧客情報の漏えいは、会社の信用を落としかねません。日本経済新聞社の調査によると、この対策として最も多かったのが「社員教育」の69%でした。入退出やコンピュータアクセスの制限等も大事ですが、約7割の企業が社員教育を重視していることがわかります。

 そこで上司は教育によって、「会社が何を秘密としているのか」「社員が扱う秘密にどんな価値があるのか」「なぜ秘密を保持することが重要なのか」を意識させることになります。もちろん、秘密にアクセスできる権限がある社員だけではなく、新入社員も含めた全社員について教育し、普及させていくことが大事です。まず、入社時に秘密の範囲について誓約書で合意し、契約内容にします。つまり、社員が働く時の権利と義務を明らかにして約束します。当然ながら、約束した内容が、わからないと守ることはできません。そこで、約束を守らせるためにも十分な教育が不可欠となるのです。

 不祥事が起こってから頭を下げても遅いのです。この場合、今までやってきた教育に費やした時間が水泡に帰すことになります。そうなれば、社員教育をやり直さなくてはなりません。これを繰り返してしまうと会社の業績が悪くなってしまいます。このような事態を回避するためにも、上司から部下への意識づけがポイントになります。それは、経営者よりも物理的な距離が近い上司の影響力で、いいにつけ、悪いにつけ部下は左右されるからです。つまり、部下は上司の影響を受けやすいということです。だから、「理想の上司」の調査があるのかもしれませんね。

 上司のみなさん、がんばってください!

第6話 賃金を上げれば仕事に向かうのか?

 「春闘でボーナスを満額回答しました」

 トヨタ自動車の社長が、首相に春闘の報告をしたことは記憶に新しいところです。政府はアベノミクスの成果を上げるべく賃上げに直接介入したところ、先の発言を得て、ますます鼻息が荒くなっています。春闘は4月に入り、中堅・中小企業を中心に妥結する企業が増えてきています。賃上げは、社員にとっては明るいニュースでも、会社にとっては経営の根幹にかかわること。賃金を上げたはいいが、それに伴う成果がでないことには利益が確保できません。そうなれば、雇用の維持もままならなくなります。

 では、賃金を上げることによって、仕事への動機づけができるのでしょうか?例えば、民間団体の調査で「平成24年度新入社員 働くことの意識調査」を紐解くと、新入社員の意識を知ることができます。この調査の中に、「あなたは、職場ではどんなときに一番”生きがい”を感じますか」という質問があります。上位には、「仕事がおもしろいと感じるとき」「自分の仕事を達成したとき」「自分が進歩向上していると感じるとき」「自分の仕事が重要だと認められたとき」「仕事に責任をもたされたとき」が並びます。この順位は、昭和44年の調査開始時より、ほとんど変わっていません。

 仕事への動機づけは、ハーズバーグが提唱した二要因理論で説明できます。二要因理論とは、人を仕事に向かわせる要因が「動機づけ要因」と「衛生要因」の異なる要因であるとする考え方です。先の調査の5項目が動機づけ要因で、直接的に働くことを動機づける役割を果たすものです。他方、仕事への意欲を低下させない予防衛生的な役割を持つけれど、働くことへの積極的な効果はないのが衛生要因です。

 ハーズバーグの調査結果によると、動機づけ要因は、「達成」「承認」「自分の仕事」「責任」「成長」などで、不満よりも満足が多いので満足要因。逆に、衛生要因は、「配置」「賃金」「対人関係」「評価」などで、満足よりも不満が多いので不満要因と言い換えることができます。例えば、ずっと賃金が上がらなければ不満が果てしなく広がっていくことは想像に難くないですよね。この場合でも、衛生要因である賃金は、不満が解消されると「不満がない」状態となりますが、満足要因にはなりません。

 不満がないことは、精神衛生上良いので、仕事への意欲を低下させない歯止めの役割を果たすということになります。つまり、満足と不満は相いれないものであって、満足の反対は不満ではなく「満足でない」状態ですし、不満の反対は「不満でない」という状態になります。したがって、不満要因である「賃金を上げること」のみで動機づけるのは難しく、仕事に向かう動機を満足要因である「達成」「承認」等に求める人がいるという認識に立たなければなりません。ただし、これにも例外があって、パートタイマー等の非正社員は、時給が高いか安いかで仕事を決めるくらいですから、賃金こそが動機づけ要因となります。

第5話 今後、有期契約が及ぼす影響とは?

 「採用の時に口頭でしっかり伝えました」

 パートタイマーなどの非正社員と契約書を交わしたかを尋ねると、このような答えが返ってくることがあります。確かに、契約は口頭だけでも成立します。しかし、労働条件が書面に明示されていないと、社員が働くうえでの権利や義務があやふやになってしまいます。会社にとっても、社員の義務が履行されない等の悪影響があります。したがって、法律が、労働契約の期間等、一定の事項について書面で明示することを義務づけているのです。

 そうは言っても、お互いが納得しているのだからいいではないか。なるほど、これは一理あります。契約は、合意だからです。平和な時は、これでもいいのかもしれません。でも、争われたら会社は殆どお手上げです。

 契約書がない、契約の有効期間が切れている、あるいは更新がずさんという場合に、会社が被る損害は計り知れません。特に、無期契約への転換ルールが現実となる5年後は。それほど、今回の改正労働契約法は、中小企業にとって破滅的な影響を及ぼします。

 無期契約への転換ルールとは、同一の会社で有期契約が通算で5年を超えて繰り返し更新された場合に無期契約へ転換するというものです。ただし、社員本人が無期契約へ転換する権利を行使すれば、ですが。通算されるのは、平成25年4月1日以後に開始する契約からですから、最も早い人で平成30年4月1日に転換する権利を取得できます。例えば、平成30年3月末日で契約が終了し、以後、更新を行わないことを社員に提示したとします。この時、社員はサインを拒否することができます。更新を繰り返せば、社員には「雇い続けてもらえる」という期待が芽生えます。会社は一方的に社員の期待を放棄させることはできません。社員本人が「うん」と言わない限り捨てられないのです。しかも、それが真意なのかどうかが問われます。契約は合意ですが、どういう意思を持って合意するかが大事です。

 仮に、5年を超えて更新しないという内容でサインをもらったとしましょう。だとしても、本当に納得してサインしたのか、解雇権濫用に当たらないのかを厳しく見られます。逆に言えば、サインがなければ話にならないということです。会社の本音は「いい人にずっと働いて欲しい」ということだと思います。では、そうでない人の更新を行わないためには、どうするか。一つの方法として、毎年、説明して、平成30年3月末日以後の更新を行わない旨のサインをもらうようにします。1回だけでなく、繰り返すことによって真意であることの主張は可能だと考えます。

 将来、無期契約の社員を抱える余力がなくなるかもしれないのであれば、手遅れにならないよう準備が必要です。

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