第1話 知らしめることの重要性とは?

 「がっかりした」

 ひとしきり私の説明を聞いた後で、在日イギリス人の男性が発した一言です。さらに「来日してから9年になるが、誰も教えてくれなかったよ」と続けました。

 私が説明したのは、我が国の公的年金の仕組みです。男性の勤め先の社長から依頼を受けて、彼がこの後、何年働いたら老齢年金がもらえるようになるのかを調べました。この男性の場合、60歳まで日本で働き続ければ、その期間は25年と4か月。我が国の制度で老齢年金を受けられるようになるためには、原則として25年以上の保険料納付が必要です。ただ、この25年という期間は、他国のそれよりも長いのです。例えば、ドイツは5年以上ですし、イギリスでも男性なら11年以上、女性は9年9か月以上あれば老齢年金が受けられます。

 しかし、彼が、本当にがっかりしたのは”長さ”そのものではなく、25年間払い続けなければ年金をもらえないという日本のルールを教えてもらえなかったことでした。来日して最初に訪れた役場の窓口、今まで勤めた日本の会社など、誰一人きちんとした説明をしなかったことに対して憤ったのです。彼は、ひょっとしたら60歳間際になって日本を離れるかもしれません。仮に、24年11か月でイギリスへ帰ってしまったら、年金はビタ一文もらえないのです。帰国する際、初めて25年の要件を聞かされたとしても、どうすることもできません。他の多くの日本人がそうであるように、彼が年金制度を理解していなかったからといって、救済されるわけではないのです。

 このように、受け手が知らなかったら、どうしようもないのです。

 同じようなことが、会社と社員の間でも起こっています。

 例えば、社員が退職する時のルール。「退職希望日の○日以上前に会社の承認を得ること」というルールを定めている会社は多いです。しかし、社員がそのきまりを知らずに、二週間前で事足りると勝手に判断していたとしたらどうでしょう。加えて、退職までの期間、年次有給休暇を使って海外旅行の計画をしていたとしたら引継もままならないですよね。お客さんをはじめ、同僚に与える影響も少なくありません。

 知らなければ何をしても許されるというわけではありません。でも、知らなければ守れるハズがありませんし、適切な行動を取れるわけがないのです。社員が思うように動いてくれないと嘆く前に、やっていただくことがあります。それは、ルールを周知することです。ラグビーのルールでやるのか、サッカーのルールでやるのかが、わからなければプレーできないのと同じです。そして、知らしめたうえで、仕事を通して育成していくことこそが労務管理の要諦であると考えています。

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